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xxx
Old 09-19-2006, 11:33 AM   #1
yuk
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高速道路を降りるともう、そこは雪化粧をした街だった。
道路の脇には雪が積もり、車のタイヤの通る所にだけ、コンクリートの線が浮かび上がっていて、歩道はほとん ど、氷のように見える道が続いていた。
車の窓ガラスが白く曇る。
私は水滴を軽く右手でふいて、にじんだ景色にじっと目をやる。東京では考えられないほどの積雪の量と、その 白さ。きっと触れたら崩れるような柔らかい雪なんだろう。
同じような風景が続くけれど、それらに決して飽きる事はなかった。こんな綺麗な景色なのに、弟の豊はただひ たすらに眠り続けている。もう2時間ほどになるだろうか。おそらく、今私達が長野にいる事すら知らないだろ う。
そんな、感激などに縁のない弟をそのままに前を見やると、運転席のすぐ左前方についたバックミラーにお父さ んの顔が写る。お父さんも私を見ていたらしく、丁度鏡の中で視線が合った。そっと微笑みながら、目を前の信 号に視線を戻すと、豊を起こさないように小声で言った。
「ずいぶんと気に入ったみたいだな、未帆」
「かなり、ね」
正直言うと、東京から長野に引越しすると言った時はお父さんを恨みもした。高校の友達もみんな残して、家族 だけで見た事もない土地へ行くなんて信じられなかったし、信じたくもなかった。
でもこうして、久しぶりに家族でゆっくりと車に乗って、こんな綺麗な雪国にやって来れたのなら、それも悪い 事ばかりじゃないかもしれないと思えた。
「もうそろそろなんでしょ? お母さんと豊、起こさなくていいの?」
助手席に座ったお母さんも豊が眠りはじめた辺りから、同じようにうたた寝を繰り返していた。
「もう少し寝かせてやろう。疲れてるんだ。引越しの荷物のまとめも母さんがほとんどやってくれ たからな」
それだけ言って、お父さんはまた信号で止まった間に手元の地図と睨み合う。
私にはここがどこなのか、さっぱり見当もつかなかったけど、道路幅や交通量から見て、ここが長野の中心の方 だというのはすぐにわかった。高速道路を降りたときよりも、ずっと道を歩く人が多い。信号の向こうは、東京 でも良くあるスクランブル交差点で、街の人たちは様々な方向へと歩いていく。その奥に立つ青いガラス張りの ビルには長野の白い街並みがぼんやりと写って、まるで大きな鏡のようだ。道行く人はあまり寒そうに見えない のは何故だろう。車のガラスの冷たさだけで十分に私には寒そうに見えるのだけれど。ただ、他の人に分かるは ずはないんだけれど、それでも何となく自分だけがよそ者と言われているような、そんな感じがしていた。ただ の気にしすぎなのはわかっていたけれど。
車が進むごとに大きな建物の数は減っていき、交通量も少しずつ寂しくなってくる。とても冷たそうに見える、 大きな川の上を白い橋が渡り、それを越えてしまうともうオフィスビルや百貨店はなくなり、いわゆる都心近く のベッドタウンへとその姿を変えていた。街路樹も葉はなく、代わりにわずかな雪を身に纏っていたけれど、道 行く人達は心なしかそれほど寒そうにも見えなかった。
「あの川を渡ったら、すぐに新しい家に着くぞ」
言いながら横目でお父さんが見た左側には、防波堤の広い大きな川があった。車が堤防にそって走ると、それに あわせて対岸の景色がゆっくりと流れていく。
あの景色の向こうには私の知らない、そしてこれから知る事になる世界が広がっていた。

...それから10分ほどだろうか。
橋を渡って、しばらく車を走らせた辺りでお母さんが目を覚まし、そして豊も私が起こして、家族全員で私達の 新しい家が見えるのを待った。
ビルもマンションも見当たらなくなってからずいぶんと時間が経っていた。この辺りは一軒家ばかりで、広そう な庭のついた家も多くあった。どちらかというと、昔からあるというよりは、つい最近できた家ばかりの街並み だった。
この雰囲気に正直言うと、私は安心した。今まで生まれてから18年もずっと東京暮らしだったから、もし突然 、バスが一日に2本しかないような所に引越しされたらきっと耐え切れないと思っていた。でもここなら交通の 便も良さそうだし、東京から少し離れた所にもこんな感じの街がある。ただ雪が積もっているかどうかの違いく らいだろう。
そんな街並みの中、車が雪を踏む音を立てながら一件の家の前でゆっくりと止まった。
「ここだな」
お父さんが一言言うと、隣に座っていた豊が身を乗り出して、私をまたいで車の窓にへばりつく。
「結構デカイじゃん!」
豊の言葉通り、確かに東京では少し手が出ないような家だった。別に豪邸というわけでは決してないけれど、庭 はあるし、二階建てで、何となく私立高校の割とお金持ちな感じの子が住んでいそうな所だった。別にそんなお 金持ち風とかいう外見にこだわるわけじゃないけど、ただ一軒家というのは嬉しかった。今まではずっとマンシ ョン暮らしだったし。
「今日はこれからどうするの?」
私が言いながら時計を見ると、まだ朝の9時だった。昨日の夜中に出発したからおおよそこんなものかもしれな い。
「今日中には荷物を全部中に入れて、大体の片づけはしておかないとね」
と、お母さんは早速元気を取り戻した顔で私に言った。
もちろん車に入れていたのは身近なものばかりで、大きなものは引越し業者に運んでもらっていた。車は少し離 れた所に置くというので、お父さん一人で行ってもらい、私達は先に新しい我家に入った。
玄関から入ってまっすぐに行くと、ガラスのドアがあり、あけるとキッチンのついたリビングルームがあった。 本当にできたばかりのような感じだけど、よくあるモデルルームとほとんど同じと言ってよかった。別にそれは 不満じゃなかったし、逆に変な造りの家でも困るので、これくらいが私には丁度良かった。文句を一つだけ言う としたら、やっぱり寒いという事だろうか。雪の長野だから当然といえば当然だけれど。
まだ何もない、ただの箱の様な部屋にこれから荷物がどんどんと運び込まれて来る事になる。お父さんが帰って くると、それにあわせたように引越業者のトラックが到着した。
挨拶や置き場の指示などが終わると、一斉に重そうなタンスやテレビが運び込まれてくる。それを廊下の隅で見 ていると、お母さんが小さなダンボールを抱えながら「手伝いなさい」と私を叱った。よく見るともう豊も顔を 歪めながら机を運び込んでいた。
靴を履いて、表に止まったトラックへ行って荷物を取ると、知らない男の人達が何人か家から出てきてはまたタ ンスなどを運んでいく。作業服を来ていないからおそらく業者の人ではないはず...。
「父さんの会社の人達だよ」
と声が後ろから聞こえた。振り向くともうこの寒いのに袖を捲って、汗だくになったお父さんがいた。確かに見 てみると30代、40代の男の人ばかりだった。
「ほら、早く運んで」
言ってお父さんは小さな食器皿の入ったダンボールを私に持たせて、タンス運びの手伝いへと駆け て行った。
なんだかドタバタとしすぎて、頭がついて来ていないような気がした。
両手にダンボールを持ったまま、しばらく辺りを見ていると、一人の男の人がまたやって来て、トラックから荷 物を取り出す。けれど彼は他の人達と違って、どう見ても10代だった。背はやたらと高いけども、顔から見て 多分私と同じか、少し上くらいに思えた。その人を見ていると、向こうもこっちに気づいたらしく、私を見ると 軽く頭を下げて、また家の中へと運んで行ってしまった。
...あれは誰なんだろう。
そんな事を思ったけれど、手の中の荷物がそろそろ重たく感じられてきたので、私も彼を追うように急いで家の 中へと入って行った。
 

Old 10-15-2006, 06:40 AM   #2
tekitounine
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うらぶれた居酒屋、カウンターで酔いつぶれた初老の男を全身黒タイツの男が介抱しています。

「思えばワルドック軍団も落ちたものよなあ…
一時期は世界を恐怖の渦に巻き込む悪の軍団として名を馳せたものの
ひとつヤマを超えたらさっぱりだあ。」

「ワルドック様、飲みすぎワルよ…」

老人の名はワルドック。
偉大な悪の組織の創始者です。
傍の男は、軍団の戦闘員Aでしょうか。

かつてはその名を知らぬ者無き悪の組織であったワルドック軍団。
しかし、ライバルの2大ギャンブラーが姿を見せなくなって、
それと同時に何故か勢いを失ってしまいました。



……時代の流れとは早いもので、
今はもう覚えている人が珍しいという程の落ちぶれぶり。
ワルドックロボ2000の開発が伸びに伸びているのも、実は軍団内での
士気があまりにも落ち込んでいるからだとか。

「……トオルちゃんもヒロシちゃんもあれからとんと姿見せんし」

「その方が世界征服には都合がいいワル」

「ばぁか、正義あってこその悪なのだ。まだまだ分かっちゃいねえな君も。
大体あれからマジカルなんたらだのビーマニ戦隊だのわらわら出てきてちっとも
楽になりゃせんし。その上ライバルまで奪われて、わしは、わしは……」

「ああもう、ワルドック様泣いてはいけないワル。明日があるワルよ」

「ふう、ワルちゃんにも困ったものねえ」

「ママさん、これからはワルドック様が一人で来たらあんまり飲ませないで欲しいワルよ」

「んがーーーあ、お前首領の唯一の楽しみまで奪う気かぁ?
さてはワシを弱らせて軍団を乗っ取る気だなぁ?そうだなぁ?」

「…とっくに飲みすぎで弱ってるワルよ」

「ああー、部下にまで理解されない程度の男のロマン。
もう世界征服なんてやめちゃおっかなー…」

「また、ワルドック様……」

「どうせワシがこんなに頑張っててもだぁーれも誉めてくれないんだモン。
もう疲れた…。世界征服なんて大体が夢物語なんだよ。
そんな夢がかなうものと思ったワシが馬鹿だった…。
もうやーめた。やーめた。ああ、ああ。」

「まあ、ワルちゃんたら子供みたいに。
若い頃はそんなじゃなかったのにねえ。
毎日毎日、「俺はいつか悪の心で世界を征服するんだ!それが俺の生きる道なんだ!」って
活き活きしてたのにねえ」

「ママさん、時代もかわりゃ人も歳を取る…
ワシもそろそろ隠居の時期だよ…」

「ワルドック様…」



カラン、カラン。
おや、誰かがお店に入ってきました。



「うわ…、いかにもって感じの店ッスねえ…」

「フン、良いワインがある、というような雰囲気ではないな」



およそこんな店には似つかわしくないゴツゴツした姿の男が三人。
どうやら、たいしたあても無く尋ねてきたようです。



「そうじゃないんだよネェ。こういうところが以外と穴場なんだヨ。
だいたい無理矢理人に店探させてその態度はないんだよネェ。
二人共もうすこし人に合わせるってことを学んだ方が…………………………





ああああああああああ!」





素っ頓狂な大声を出した包帯だらけの男。

店に居る皆がびっくりします。





「んぬぁ?なんだー?」

「あ、あ、あ、あ、ああ、アナタ、ワルドック!
そうだ!ワルドック様なんだよネェ!!!」

「んあ、そう、そうだが?
……あんた様は?」

「ボク…ボク…、ワルドック様の大ファンなんでス!
うわあ、本物だ……。こんなところでこんな偉大な人物に会うことが出来るなんて。
今日は起きた時からなんだか不吉な予感がしてたんだよネェ…。
ワルドック様、あ、握手してくだサイ!」

「…スマイルはギャンブラーのファンじゃなかったんスか?
悪役に会って喜ぶなんて、何か変ッスよ」

「そうじゃないんだヨ大馬鹿野郎!!!!

悪あってこその正義、正義あってこその悪!
この方は確固たるポリシーと強靭な精神の元真剣に悪を貫く男の中の男なんだヨ!

生き方の素晴らしさに正義も悪も無いんだァ!!!!」

「う……す、すまなかったッス。」

あまりの勢いについ謝ってしまう大耳の彼。
どうやら、包帯の彼がこんなに感情をあらわにするのは滅多には無いことのようです。

「いや、そんな、ワシはそんな大層な者では…」

謝られて逆に腰の引けるワルドックです。

「…包帯さんよ、悪いが、ワシはもう昔のようには悪くないのだ。
ギャンブラーが姿を見せなくなってから、ワシの軍団も勢いが無いのを知ってるだろう?
もう、ワシは悪の道から手を引こうかと…」

血気あふれる包帯の彼を老成した語りで諌めようとするワルドック。
しかし全く引く様子も見せず、赤い目を輝かせて彼は言います。

「そんなことはないハズでス!
ワルドック様、アナタ、
グレートギャンブラー第二十三話
「ギャンブラー大ピンチ!ワルドックリーチ一発大逆転?!」で言ったじゃないですか!
業火の炎に巻かれながら、言ったじゃないですか!
相手にトドメをさせるのに、それすらせずに言ったじゃないですか!



「…悪と正義、どちらが正しいかは問題ではない!

お前が正義ならワシはいつまでもイカサマするまでだ!

貴様も正義を名乗るのならワシのイカサマを打ち破ってみせたらどうだ!

…例えワシが老いて朽ち果てようと、軍団が貴様に打ち倒されようと、

この悪の魂、決して正義の前では死なん!!死なんぞぉ!!!!」



あれは嘘だったんですか?!!!」

「……スマイル、セリフ全部覚えてるんスか?」

「常識だヨ!!!!」







「悪の魂は死なん………



そうか…

ワシは、そんなことを言っていたのか………」





そんなやり取りをよそに、ちゃっかりカウンターでワインを貰っている色白の彼。

「台詞だけは立派なものだな」

「あら、色男さんあの台詞の良さが分かるのかしら。あなた悪役向いてそうな顔してるものねえ。 」

「誰が悪役だ」







目を閉じ、しばし過去の栄光を思い出すワルドック。







…再び瞼を開けたとき、そこには、涙と希望に輝く純粋な黒い光を称えた瞳がありました。



「…ありがとう包帯さん。
ワシは…ワシは…大切なものを忘れていたようだ。」

「ワルドック様!」

その目に、自分が入団したあの頃の輝きを見た戦闘員A。

「…苦労をかけたな
もう、ワシは大丈夫だ。」

そう言って戦闘員Aの頭にシワだらけの手をポンと乗せます。
歓喜のあまり声がかすれる戦闘員A。

「ワルドック様……自分は、自分は……」

「ふふ、これでこの店もまた寂しくなるのかしら。」



「ようし!!!

手始めにまずギャンブラーの居所を洗い出すぞ!!!
いくら姿が見えぬとて
この世に正義がある限りは必ず野望の妨げになる!
戦闘員A!基地に帰って作戦会議だ!
暇を出した怪人達を全員熱海に集結させろ!!」

「イーーーーーーーーーーッ!」

勢い良く敬礼のポーズを取る彼のマスクも、既に涙でぐしょぐしょです。

もう、彼等は迷わないでしょう。
世界征服のため、人類皆がイカサマに支配される明るい悪の世界を築くため。



何故かって?



それは



男のロマンだから。


それが男の生きる道だから。







「……さあ、偉大な悪の復活を称えて一曲演るヨ!」

「やれやれ、仕方ないッスね…」

「……おい、それは私にも言っているのか?」



「………グズグズしないで演れったら演るんだヨ」



「…わ、わかった……」

彼の本気の前では200年生きた吸血鬼の肩書きも形無しです。



あいつはワルさ いつだってワルさ

その名は ワルワルワル ワルドック

イカサマで 野望を果たす



おいらもワルさ 誰だってワルさ

戦え ワルワルワル ワルドック

また今日も 真っ赤に燃える



そしてなんだか(でもどうして)

だけどなんだか(大丈夫よ)

それが男さ ブルース

作曲・ナヤ~ン 作詞・secret-s 演奏・Deuil



「今に見ていろギャンブラー共!
ワシはお前等を打ち倒し、必ずや世界を征服してやる!」

「ワルドック様、やられ台詞が決まってるワル!」
 

Old 10-15-2006, 06:48 AM   #3
tekitounine
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「あたし青木さんに今朝また怒られたんだけど。」

「うっざー。うるっさいんだよねあの人。お局モモコババー。」

「”資料のまとめ方がいい加減すぎる!”とかっつって。
いい加減にして欲しいのはこっちの方だっつーの。
あんな資料どうせ誰も見やしないって。」

「堅いっつーか、性格悪いよね。
何かって言うと”それでも大学出たのぉ?”とかっつって。
お茶の煎れ方なんか大学で習いませんっての。」

「アハハ似てる似てる。」

「でもほんと、あの人いつも苛々してて、気使ってばっかり。
やんなっちゃう。」

「ねえ青木さんってさあ、彼氏とかいるの?」

「知らなーい、いないんじゃない?」

「そうそうそういやさあ、あの話知ってる?
青木桃子処女説!」

「えーうっそーマジでえー?」

「でも、同期の人も、あの人に恋人が居るのなんて聞いたことないって。
入ったばっかりの頃とか今よりもっと芋臭い感じだったってさ。
化粧とかしてるように見えなかったって。」

「うっははは、ナチュラルメイク気取ってんのかっての。ウケる!」

「さすがに27…8だっけ?にもなって処女って悲惨だよねえ…」

「男できねえからって苛々あたしらにぶつけんなよなー…
ってか、だから彼氏も出来ねえんだっつの。」

「あ、わかった、あれ、更年期障害だ!」

「あははははははは!それマズいって!」

「ヨリ子それサイコー!あるある絶対ある!あはははははははは!!」




ガタン!




「あ…」「ぅぇ…」「……ぇと…」


「失礼。」


個室から出てきた女性は、先程まで、自分の悪口を言っていた
後輩たちの脇を、何事も無かったかのように通り過ぎてゆきます。


洗面台で手を洗い、マスカラを少し撫で、エアータオルに手を通し、
ハンカチを取り出して手を拭く間、彼女たちは黙ったままです。

「…お喋りはそのくらいにしておいたら?
休憩時間には、まだ早いわよ。」


振り向きもせず、言い捨てたその女性が、
”青木桃子”。
早生まれの28歳、独身、恋人無し。
入社してから部署を二つほど移動。出来ることは庶務だけ。
趣味は読書とDVD鑑賞。

…何の変哲も無い、というにもいささか地味目の彼女。

彼女が、このお話の主人公なのです。

”…主人公と言うには、少し面白みが無さすぎやしないか”ですって?

いえいえ…物語というものは、いつでも平凡な日常から…
そして、心揺さぶる冒険は、平凡な人の身に起こるからこそ、わくわくするものなのです…。






さて、少し時間をずらしましょうか。
今は夜の八時を回りました。
夜の電車の中には桃子さんが一人座席に座っています。

特に今日でなくとも良いような庶務をまとめて無理に残業をしたのは、
今朝の彼女たちの噂話を思い出したく無いからでした。

愚痴を聞いてくれるような友達と飲みにも行きたいところですが、
彼女の友人と呼べるような人たちは、皆極端に忙しい日々を送っているか、あるいは
実家に戻っているか、結婚してしまったかのいずれかです。

会社が終わってしまえば、彼女は、一人。




(そりゃあ…

あたしの性格は良くはないわよ。
うるさく言っちゃうのも割と性格だけどね。

それにしたってどうかしら。あの娘たち。お茶の煎れ方も分からないのは事実だし、
遅刻をしたって悪びれる様子もない。資料っていうのはいつ使うことになるか分からないから
ファイリングしなきゃいけないのに。)

ガタンゴトンと揺れる車内は、今時間にしては不思議なほどに乗客がおらず、
特に彼女の乗っている車両には、彼女が一人ぽつねんと座るだけ。

(あたしが入社したころは、会社だってあんなじゃなかった。
今みたいに若い娘が何しても許されるような雰囲気じゃなかった。
もっと厳しくて、でもいい先輩が一杯いた。)

(ああいう先輩に、なりたかった…。
仕事がきちんと出来て、いつも覇気があって、素敵な恋人が居て…)

(ああいう風に、なりたかったのにな…)



目を閉じて、後輩たちの言葉を反芻する桃子さん。

頬を、涙が伝います。

ひとすじ、ふたすじ。

(どうしてあたしこんな風になっちゃったんだろう…)

無人の車両と自分の涙に促されて、思わず弱音の独り言。




「本当のあたしは、こんなじゃない。
もっと、もっと素敵なあたしになれるはずだったの…」




運命の神様なんてものが居るとするならば…
彼女のそんな独り言を、たまたまこの時耳にしたのかもしれません。




(………?

何、この電車。間違って急行に乗っちゃったのかしら…)




電車は既に彼女の降りるはずの駅を遠く通り過ぎています。


「え?え?ちょっと………」


窓から外を見やれば…加速度的にスピードを増して遠ざかる街灯り。
新幹線だってこんなスピードは出しません。


「ど、どうなってるの?!」


様子がおかしいことに気づいた桃子さんは、隣の車両に移ろうとしますが、
連結部分のドアが固く動きません。車両はどこまでも無人。

車内アナウンスが鳴り響きます。
”えー次の駅は~スペース新宿~スペース新宿~
月方面へは~ムーンリバー線にお乗換え下さい~
スペース新宿~まもなく到着しま~す…”


「え?スペ…なんですって?」


シュン…カタン。

と、書かれたような音をして、電車は唐突に停車しました。
事も無げに開いたドアから、次々と電車に乗り入れる人の姿…
と言うより、
色とりどりの肌をした、宇宙人の、姿。

「☆!&?%!@?$#★!!!!」



青いスーツに負けないほどの青い肌の青年。
そらまめのように突き出した後頭部に禿げ上がりの激しいおじさん。
真っ赤なラメスーツを着こなす女性の目は薄い金色に光を放っています。

「…お嬢さん、降りるんじゃないのかい?」
「え?あ、あ、はい!」

親切な紳士が触手をうねうね言わせながら桃子さんのために道を作ります。
なんとか車両から降りることが出来た桃子さん。
ありがとう、足がたくさんある火星人のおじさん………


「あたしとうとう疲労で幻覚見てるのかなあ…
それとも、夢?仮装大会があるなんて話は知らないし…」


イカの金星人や金属皮膚のアンドロイド、ふよふよ浮かぶ巨大クラゲ。
どこかの本で見慣れたような宇宙人の人波を掻き分けて、エスカレーターを上り下り。


夢中で駅の出口を探す桃子さん。やっとの思いで、南口出口に。













「う……………わァ……………」




彼女の読書好きは、実は小学校夢中で読んでいた、
ジュブナイルSF小説に起因していました。


その頃に、彼女が夢見ていた世界が、眼前に広がっていたと言えば、
分かる方もいらっしゃるでしょうか?


蛍光する人々の服。宙に浮かぶ広告ディスプレイ。
車にはタイヤが無く、と言うよりもはっきりと宙に浮かんでおり、
浮かんでいるのは車ばかりでなく、建物さえも足場無くふよふよと漂っているものすら。
真っ暗な空間の中で、あちこちのビルはあきれるばかりに美しいネオンの光を放ち、
それなのに夜空の星が全く色あせることなく輝いて、夜を演出しています。
線路では音も立てずに電車が現れたり消えたり。まるでワープをしているかのよう。

「あ、あたしさっきあれに乗ってたんだ…」











これだけ異常に日常が滑り込めば、いっそ肝も据わろうと言う物。
とりあえず諸々はさておき、桃子さんはスペース新宿を歩き始めます。


(うわあ…うわあ…)


小阪を下り進むごとにスペース新宿駅は他の建物と連結し、隙間からのぞく星で
ようやく天地を理解出来るといった具合。壁はひとつ残らずレーザーや光の模様で
照らされているのに、不思議とまったく目に痛くはありませんでした。

(綺麗…)

と、突然桃子さんの目線の高さに尻尾が二本あるリスが駆け出して来ました。
「きゃっ!」
思わずへたり込む桃子さん。
『おねえさんダイジョウブ?お買い物ならスペース新宿タカシマーで!
転んだ傷や日々の疲れの癒しにキヨマツ薬局でオカイモノ!キャハハハ!』
頭の上を行き交うホログラム…にしては、リアリティがありすぎだと桃子さんは思いました。

人の多さは桃子さんの知っている新宿とさほど変わりありませんが、
歩道はずっと広くて歩きやすくなっていました。
車のほとんどは一車両を上下に分けて進んでいるようです。
どんな仕組みなのか。車両用の信号は7色。歩道用は4色。
人々の歩みに合わせて後ろからついてゆく桃子さん。






(このへんって、場所が場所なら…)
頭上の看板には、
<スペース歌舞伎町>

(やっぱり)


少し地の利を得たような気がして、顔がほころびます。
歩き方も少しずつ大胆になって来ました。






『スペース・ドン・キホ』ではまるきり見たこともないような雑貨に驚き、
『スペースコマ劇場』の演目は皆目意味が分かりませんが、いずれの看板も
美しくきらびやかなものばかり。現実世界のことを考えると、流行の劇とは
少し違うのでしょうが、桃子さんには判断がつきません。
ガラス張りの『スペース・スタースバック・カフェ』の中では
向かい合って談笑している宇宙人。
恋人同士でしょうか。四本ある手で巧妙にプレゼントを隠そうとする銀髪の少年と
それに気づいているのか、上目使いで彼をみつめる制服姿のメタリック少女。
(似合いのカップル…なのかな?ふふ。)


(建物の場所なんかは、ほんとの新宿とほとんど一緒なのね…)

そう思った矢先でした。





(あ、あれ?ここって…)





彼女が足を止めたのは、
(ここって…あたしが上京した頃にあった映画館じゃない!)

看板には、



clubS.N.
本日Dj space Hirata
&
Dj nagureo






(クラブになってる…建物ごととっくの昔に取り壊されたはずなのに…)

一瞬、ここがいつもの現実ではないことを忘れて、ふらりと足を踏み入れる桃子さん。
一歩一歩進むごとに、街の灯りは背に離れ、眼前に広がるリズム…



「ハァイハァイハイ、ギザ姉さんのボディチェックよぅ。
ぉ姉さんちょおっと失礼!」

影から声がしたかと思うと、突然全身をカーウォッシャーで洗われたような感覚に襲われました。
「きゃっ…なになになになにっ?!」

「ィエー。危険ブツはナッシン。ンー、オッケーと行きたいトコロだけど、
…ムイ、」

毛むくじゃらの雪男…女のような姿の女性が、桃子さんの全身を舐めるように見つめます。
ついふらりと入っては来たものの、考えてみれば自分の姿は
この世界では輪をかけて随分と地味…というか、異端ではなかったかと、
軽率な自分の行動に顔が赤くなります。

「フム、フム、フム?」

桃子さんの周りを回りながら、
身につけた発光する装飾品がぶつかってチンチンジャラジャラ。
それ自体が何かの楽器のよう。

「ぅん。ァナタ、名前はぁ?」

「あ、青木桃子、と、申します…」

「キモモコ?」

「アオキ、モモコです。」

「ァォキモモコね。どーも、ァー(A)と、ォー(o)列の発声は苦手だぁ…。
んじゃァォキモモコ、ちょっとこのギザ姉さんを信用してェ、
ァナタのコーディネイトさせてもらぇないかにゃ?」

「え、えと、でも、あたし実はチケットも持ってなくて…」

考えてみれば財布の中の現金だって使えるかどうか分かりません。

「んぁ、良って良って一人くらい。それよりもぅ、ぁたしァンタのォーラにすっごくキョーミぁる のん。
そのカッコも変で面白ぃけどぅ…、なんか、ヒカリそっ。」

「ひ、かり?」

「ぅん。
なんてんかなァ、ァナタ、もしかしたら、スターキャリアーかもかも?」

「スター…キャリアー?」

「フッツーとちょと違う、けど皆が憧れる、そういうォーラが出てるんのよぅ。
よし、…よし、これと、これと、これ。ぅん、着てみて?!

………ヨッシャァ似合うッカンペキ!

じゃ仕上げにこぅっ!!」

ギザがその毛むくじゃらの手で桃子さんの頭を撫でると、
桃子さんのストレートヘアーがあっという間に三段お団子に早変わり。

「プラテネスタイルサターン風仕上げッ!
はぃ鏡ッ!どうよッぁたしの見立てに狂ぃぁるかっ?!」

…鏡の中できょとんと桃子さんを見つめる彼女のことを、
ここでは”モモコさん”と呼ぶことにしましょう。

「これ…あたし…アタシなの?ほんとに?」

上目使いで意地悪な含み笑いのギザ。

「ムイ…ァナタやっぱり、スターキャリアー…
星の輝きを運ぶ者。
皆がァナタの周りに集ぃ、そしてァナタは輝くわ。ァナタ自身が、星のように。」

「これが…アタシ…アオキ、モモコ………。」

「今日のDj Hirataはぃつにも増してノッてるんだァ。
ァナタのデビューに相応しぃ日は他に無ぃね!
サァ、行った行った!!ダンスホールがァナタを待ってる!!!」

ギザに突き飛ばされて、よろけて押し倒れるようにして開けたドアの向こう。

足元に漂うドライアイス、レーザー照明に照らされて踊る光の膜。
頭上のミラーボールに反射して飛ぶ光たちが、室内にもうひとつの宇宙空間を作っています。
爆音の音楽に身体を預けて、踊る人々…宇宙人。
ついさっき紛れ込んだばかりのこの異世界に置いてなお、
未だかつて彼女の知らない空間………。


”2STEP大王Dj Hirata!そろそろ今夜のメインに行きまあっす!
グルーヴについてこれるか?!テンションはMAXか?!
say”

「yo-!!」

”YES!!
YESYESYES!
皆もうあったまりすぎて臨界点限界っ?!
次は…お待ちかねのHOUSY POPナンバー一気にいっちゃうよ?!
さあ皆腰が砕けるくらい踊っちゃってくださいっ!!”



モモコさんは、自分の胸の内から沸いてくる衝動に、ドキドキして、はちきれそうになりながら、
しっかりと目を見開いて、ステージの中心に集中します。

どうして、そう思えたのでしょう?

モモコさんは、その空間に入った時から、そこから目を離せませんでした。




”あそこは、ワタシの居場所だわ………とうとう、とうとう見つけた………!!!”




彼女の足は、自然とステージの中央へと向かうのでした。
 

Old 10-15-2006, 07:13 AM   #4
tekitounine
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「サムライ・シンドローム」



包帯だらけの手がその男の瞼の上下を大きく広げた。
眼球の動きを見て何やらを考えている。
見られている男もまた、見ている男の様子を観察していた。

ファンデーションでも塗りたくったような不自然に青い顔。
さっきからずっと笑顔のままだ。皺一つ動かない。
まるで仮面のような作り笑い。その作り笑いが自分に向けられている。
紅く小さな眼球がころりと回る。自分の考えを見透かされているようで不安になる。

「ふうん…ねえアッシュ、気分は?」

「え?」

「キミの名前、アッシュ。」

「ああ……いや…なんか…頭ん中がぼやけてる感じで、ッス、けど。」

「吐き気は?」

「無いで、ッス、…。」

「喋り方が不自然だな。」

背中で声がした。自分を睨んでいた銀髪の男だろう。
あいつも紅い目をしていた。端整な顔つきで、鋭い目つき。
しかし華奢で細い体が今にも折れそうなほどに頼りない、と思えた。

「そんなに物忘れの激しい男だとは思わなかったぞ。
所詮は記憶力も犬畜生と一緒、ということか。」

包帯男が緊張するのが分かった。
見た目は二人とも平静だ。だが、なぜだか、そう思った。
銀髪の男も言った後から少し焦っているらしいのも感じられる。

言葉そのものは自分に向けられているのは分かるのだが、
その意図が、ニュアンスが読み取れなくて困惑するしかない。

「…本当に、忘れてしまったのか。」

「ユーリ、駄目みたいだネ。
軽い程度だったら今のセリフで正気に戻ってるはずだヨ。
彼が自分の血筋を馬鹿にされて怒らないはずがない。」

二人のやり取りは自分を中心にして回っているけれど、
当の本人が自分のことをさっぱり把握していないので、
どんな単語も右から左。

ふと窓のある方を見ると、中心にいかつい体の男が座っていた。
向こうもこちらを見て、きょとんとしている。

しばしして、あああれは窓に映った自分だと気がついた。

脇の二人に比べて、異常なくらい体格ががっしりしている。
褐色というよりも土色の肌にはふさふさと毛が波立っていた。
耳が大きく尖っていて、両脇から突き出ている。
緑色の髪の毛は天に向け逆立ち、前髪が覆いかぶさるように顔の上半分を隠していた。
これは自分でセットしたのだろうか。前が見辛くてしょうがない。
垂れ下がった前髪を掻き分けて、目を見開いてみた。
自分の目も、また、紅い。
よく見てみようと窓に顔を近づけると、鼻面がガラスに当たった。
距離が測れなかったので思わぬ衝撃にのけぞってしまう。

「いたたた…」

抑えた鼻先は濡れていて、手の隙間から細くて長い髭が何本か突き出ていた。
誰にとはなしに、呟く。

「俺…犬、なんで、ス、かね?」

「…いや、お前は犬ではない。」

言う銀髪の目はさっきとは変わって同情とも哀れみともつかない微妙な顔つきだった。

「やれやれ、これは、とりあえず自己紹介から始め直さなきゃいけないかな?」

「…ボクの名前はスマイル。

ご覧の通り、厚化粧しなきゃ顔も見えない透明人間さ。」

確かに、包帯を解いた場所にはあるはずの右手が無かった。

その見えない右手で銀髪の背中から、徐に赤いスカーフを取り出し…


いや、それは翼だった。まるで蝙蝠のような羽の無い骨と皮だけの翼。


「これがユーリ。一応、吸血鬼。
まあ最近は滅多に血も吸わないみたいだから、
怖がらなくていいよ。ヒヒッ。」

銀髪が仏頂面をこちらに向ける。

「そしてアッシュ。」

銀髪が開いた口の隙間から鋭い犬歯が覗く。

「お前の名はアッシュ。
月を望む暁のアッシュ。

誇り高き人狼の一族だ。」


「アッシュ…俺の名は、アッシュ………。」














「ここで、足を滑らせたんで、スか?」
城内の螺旋階段は遥か天頂が霞んで見えない。

「普段はこんな階段で転ぶようなニブいヤツじゃないんだけどネェ。」

すとすとと階段を上る二人の後をただ付いてゆく。
二人ともかなりの早足で上ってゆくので
あっと言うまに眼下にあった床も闇の中に消えてしまっていた。

「…丁度このあたりだろう。見ろ、手摺の端が欠けている。
…離れの私の部屋を尋ねて来た後だな。無様なものだ。」

「…って、だって、この高さから落ちたら…。」

「だからお前は狼男だと言っている。」

銀髪が苛立たしい様子で答えた。
困惑して包帯男に目をやると、薄く笑って肩をすくめる。


「…さすがに、無事では済まなかったみたいだけど。
その結果が、今の君ってワケ。」





コツ、コツ、コツ、コツ…

螺旋に吸い込まれる靴音。





「不思議なのは、彼が自分を見失っていないことだヨ。」

「…?充分見失っているではないか。名前すら忘れて。」

「そうじゃなくてサ、
普通自分の体の感覚くらい覚えてるものだヨ。
記憶喪失ったって、自分の性別くらいは誤解しないでショ。
ところがアッシュは、自分がどんな生き物だったかもすっかり忘れている。
それなのに、見た感じそこまで混乱してはいない。」

「ふむ………?」

「これは記憶障害じゃない。下手を打つと………」

「………」

銀髪が二の句を待つが、包帯はあえて視線をかわした。

「でも、彼自身はそこまで弱ってはいない。
まともな会話が出来るし、ちゃんと意思もある。
不思議と言えば、不思議だよネェ。」


階段を上りきったところに赤く錆びかけた扉。
銀髪が視線をやると手を掛けることもなくするりと開いた。

中は暗い。

目を凝らす前に、肌で部屋の中の空気を感じ取る。
匂いから、この銀髪の部屋であることが分かった。

簡素な机の上にぼんやりと橙色の光が灯っている。
据えた紙の匂い。
背の3倍はある本棚には辞書ばかりなのか、
分厚い本の数々、銀で作られたたくさんの装飾物。
塔の頂点部分になるのだろうが、窓がひとつも無い。

思わず目線を泳がせて物色していると、目の前に何かの紙が突き出された。

「…お前が先程持ってきた曲だ。」

「曲………?俺が?」

「そうだ。我々の曲とは別に、お前自身が歌うためのな。

今日は久しぶりに我々の様子見がてら
自分の曲の出来を見せようとこの城を訪ねたのだろう?
厨房にはお前が持ってきた保存用の食材もある。」

…そのどれもが全く自分のしたことだとは思えない。
記憶、と呼ばれるはずのものがすっぽり抜け落ちていることだけを自覚した。
では、俺は一体誰だ、と自問自答しても返る答えが自分の中には無い。

ただ流砂のように吸い込まれる疑問符をぼうっと眺めている他に術も無かった。


「…ユーリ。
追い詰めてどうするのさ。
あんまり混乱させたら逆効果だよ。」

「…む。」

「まあ、僕らのライブツアーも終わった直後。
暫く急ぎの何かがあるってわけでもないし、気長にネ。」




湿っぽい空気が僅かに沈動した。
 

Old 10-15-2006, 07:16 AM   #5
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毎正月、ロクが行う「書初め」。

巨大な半紙に身長ほどの大筆を用いて書くそれは、

毎年、彼と繋がりの深いクラブのフロアを一部貸しきって行われる。




BGMが、必要なのだ。




彼自身の希望により、「書初め」の際はかならずバックに生演奏のハードコア・ロック、

これが定石であった。


去年の旧世紀のお祭り騒ぎでやってきた新たな客層、
その評判を聞きつけた人々がまた一回り多い数でやってくる。
更に今回はテレビ中継も入り、さすがに箱の中もキャパシティの限界を超えていた。

黄色い声と物々しいテレビカメラが場の雰囲気を異質なものにしている、と、
クラブ古参の連中はあまり状況を歓迎してはいなかった。

「…あいつらにロクの書がわかってたまるかよ。」








さて、当の本人はと言えば、今は精神を集中するのみ。

外界の声など、既に意識外である。









人を、時代の空気を、声にならない主張を、掴めない真実を。

彼はその書に書き現す。

評判が高じてもはやアートのカテゴリーからも大きな評価を受けるまでになった彼。





ロク。





書家にして、ヒップホップミュージシャン。





日本で唯一、「自己表現の為の帯刀」を許された人間国宝。





本人が言うところの職業は「憂国家」である。








とはいえ右や左とは何の繋がりも無い。

彼は彼の衝動に忠実なだけ


ただ、「個」。










舞台は整った。

目の前には畳十枚の大きさの半紙。

それを眼下に見据え、堂々たる姿勢で筆を手にするロク。

さすがにギャラリーも凛とした雰囲気になる。









静寂、







静寂、







静寂、







静寂…









連続した意識の中に一本の光、







来た!






「いぇーーーーあ!」


その掛け声が合図となり、フロアに響く大音響のヘビーロック。



ギャラリーの歓声も同時、一瞬にしてテンションは高まった。



大きく振り上げた大筆が半紙の隅目指して空中に弧を描く。






左から右、上から下、全体重と筋肉のしなりを駆使し描いた最初のそれは




「大」




その一文字を書くだけで既に汗だくになるロク。

集中の度合いを極限域に持っていったまま次へ!




「見」




二文字でおよそ半分のスペースを埋め、

最後と思われる文字を期待するギャラリー達。









が、


「見」の最後の払いで止めたまま、筆が動かない。


ざわめきが起こる。









それはロク本人にとっても始めてのことであった。

次の文字が書けない。

何を書くのかは見えているのに、その起点を見失った。





書において迷いは絶対の禁事。

特に一度墨を付けた書手を一度休める等と

決してあってはならない事である。




観客が多すぎたからなのか、カメラの冷たい眼が彼の気を削いだのか、

その理由は定かではない。が、



とにかく彼はここで始めての失敗を犯した。


…と思われた。









しかし、その段において、まだ

彼の眼光は衰えを見せず、寧ろその状況から

いかに次に転ずるかを必死に探る。








彼の信条は一期一会。

たとえ書においても、失敗作は有り得ない。

そこに対象が在り、己が在る以上必ず完成させる。

一分の揺らぎ無き信念。













鳴り止まぬハードロック、

外野に広がる不安と緊張、

額から流れる汗は足元に無数の点を作り、

否応無しに時間の経過を物語る。
















待った。




来る…必ず来る…




彼の神経がもはや気絶の一歩手前に迫る時、それは…











「来たぁぁぁ!!!!!」





沸き上がる大歓声、


再び墨をたっぷり含み、真上に振り上げ、沢山の斑点を足元に作る。


それは正に混沌とするこの国の現状の表れであるかのように。


再び線を、弧を書く筆の最後の一文字












「解」!














「世紀は変わり!

しかし次世への希望は薄く、只ひたすらに「全」の意識にすがる時代は去った!

無欠の「全」は死に!新世紀は真に「個にして全」「全にして個」の時代が来よう!

己の意志を強固にせ!己が自身で自身を導け!

そして全ての人間が「個の見解」を持得た時、一筋の光明が見えるであろう!


これ即ち、


「大見解!」なり!!!!!!」











彼自身にも大いに意義のあるところとなった今初書。

…そして世紀は明け、試練の道が続く。
 

Old 10-15-2006, 07:17 AM   #6
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「何だって今日に限って…大事な団体の常連客だってのに…」

「電話は通じない、かと言ってこれから郊外のあいつの家に行っても
往復の時間を考えるととても間に合わないし…」

「代役は?」

「無理だ。この曲はあいつにしか弾けない。
大事な日だからこそ、あいつはそういう曲を選んだんだ。」

どうしたんだろ、おじさん、まだ来ないのかな…

ほかの大人たちはぼくがピアノをひこうとするとしかるけど、
あのおじさんだけはにっこり笑っていっぱいぼくにピアノをひかせてくれるんだ。

「グリーン、何度も言ってるだろう。それは子供のおもちゃじゃない。離れなさい。」

「…ああ、そうか。いつもならあいつがピアノを教えてるから…」

「全く…そういうけじめは親子とは言えきちんとしたいから止めてくれって言ったんだがな。
あいつには才能があるらしいよ。俺にはやっぱり子供がでたらめに弾いてるようにしか 聞こえんがな。
まあそんなことはいい。
どうする?適当なピアニストを引っ張って来て、別の曲を演るか?」

「それでもいいが…
お前の大事な親戚も来るんだろう。皆あの曲を演ることを期待してる。
出来ればその期待は裏切りたくないだろう…。」

なんだろ、今日はおじさんはこないのかな?
あ…これ、知ってる。”ふめん”っていうんだ。この曲をひくのかな。
うわあ…おたまじゃくしさんがいっぱいならんでる。
いち、にい、たくさん。



あ、わかった。
この線で、音の高さがわかるんだ。
そして、たぶん、しっぽの形が長さかな?
わあ、わかるわかる。ふふ、ふうん。こういう曲なんだ。
すごい…なんか、むずかしいけど、わくわくする曲。かっこいい。

…ちょっとひいてみようかな…。

「だったらどうしろっていうんだ!このまま直前まであいつを待って、
そして結局来なかったら恥をかくのは俺なんだぞ!」

「まあ、落ち着けよ。そうだな…俺がこれから知り合いを当たってみる。
この曲のレコードがあるんだ。実際には他にも弾けるやつがどこかには居るってことさ。
そう、こんなふうに…」

「?誰だ、レコードをかけたのは」

「…やはり聞き惚れるな…。素晴らしい曲だ…。
曲もそうだが、何よりそれを弾きこなす技術が…


…」

「?どうした」

「…グリーン
グリーン!グリーン!お前………!」

「うわ!ご、ごめんなさい!ちょっとひいてみたくなっちゃって…」

「グリーン、今、お前が弾いたのか…?」

「ごめんなさい!もうしないから!ばんごはん抜きはゆるして!」

「そうじゃない…
もう一回、弾いてみろ。」

「え…?いいの?」





「ありがとうございます皆さん!そして、信じられないような素晴らしい演奏をしてくれた
グリーン少年に盛大な拍手を!」

「すごいぞグリーン坊や!まるでプロ顔負けだ!」

「素晴らしい才能ね!今日ここに来た甲斐があったというものだわ。」

「いやあまだ信じられないよ。あんな小さな子があの難曲を弾きこなすなんて!」



「…実際まだ俺も状況が信じられん。本当にこれが俺の息子か?」

「いや、天才ってのはいるものだ。やつはそれを見抜いていたんだろうな…」

「おとうさん、ぼく、すっごい楽しかった。みんなよろこんでくれてとってもうれしかったよ!
…でも、おじさんは…?」

「ああ、ジョルジュにあいつの家に向かわせたから、そろそろ戻ってくるんじゃないかな…」

「た、大変だおやっさん!」

「おお、ジョルジュ、どうだったんだあいつは」

「そ、それが、

い、医者が、

び、病気って、」


「病気?それで…
おい、あいつは大丈夫なのか、たいした病気じゃないんだろ?」




「も、もう


俺が着いたときには、





















死んでた……」


































おじさん、おじさん、ぼく、今日、みんなの前でピアノをひいたんだ。

おじさんが教えてくれた通りに。

うまくひけて、みんなよろこんでくれて、

おじさんみたいにひけたんだよ!

ぼくも、おとなになったら、

おじさんみたいなピアニストになれるかな。

そしたら、おじさんといっしょに、ピアノをひくんだ。

あの曲をいっしょにひくんだ。

ちょっとずつ音をわけて、ふたりでたがいちがいにひいたら

すごくおもしろいと思うんだ。

ねえ、おじさん、つぎはいつうちにくるの?

もっともっとピアノをじょうずにひきたいよ。

もっとぼくにピアノをおしえてよ…。



























































「……グリーンさん?どうしました?」


「ああ、ちょっと、昔のことを思い出してね。
遠い…遠い、昔のことさ…。」

「子供の頃のことですか?
わたし、知ってます。このバーの伝説、
グリーン少年の初公演。
あのときあなたはまだ5歳だったんですってね。
凄い話だわ…
やはり、天才っていうのは違うのかしらね。」

「いや、そうじゃないよ。
僕はあの時おじさんに教えられたとおりに弾いただけさ…。」

「?
おじさん…?
何のことですか?」

「さて、そろそろ弾こうか。お客様が聴きたそうな顔をしているよ。」

「あ、はい。それで、今日は何からいきましょうか?」

「うん…

君は弾けるかな…。コントラバスはそれほど
難解な譜面じゃないから、初見でもいけると思う。

この曲だよ。」


「これ…

その時の…」


「…なんとなく、そういう気分なんだ。」


「わかりました。5分下さい。さらっと流します。」


「うん。頼んだよ。」



おじさん、今も僕はこのバーで弾いているんだ。

このピアノに触れるたび、毎日おじさんを思い出すよ。

きっと、死ぬまで忘れないね。

もう、僕はおじさんの歳を追い抜いちゃったけど、

それでも、おじさんは、今でも僕の一番の先生だ。





ありがとう、おじさん。








「さあ、今宵も、ここにお集まりの皆さんの為に。

そして、ちょうどあのあたりに輝く、小さな星のために弾きましょう。

お聴き下さい。

「Lucifer」………。」
 

Old 10-15-2006, 08:56 AM   #7
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エスプレッソの炊けるにおい。

そういえば朝ごはんがまだだった。


「すいません、トースト、いいですか?オレンジ・マーマレードで。」


カフェテリアは通りから階段を下ってすぐのところ。

決して混雑はしないけれど、いつでも誰かしら常連客がいる。

見知った顔に軽く会釈をして一番外側のテーブルの椅子を引いた。





時折耳元をざわっとさわる風が空気を散らしてゆく。









天気は晴れ過ぎず太陽も雲に見え隠れ。すこしだけ肌寒いかもしれない。
冷めてしまったカプチーノの残りを口に入れてから、時計を見る。


10時50分。


約束の時間は10時半。

そしてきっと更に30分は遅れてくるのだろう。



……いつだって彼は遅れてくるけれど、そういうルーズさも嫌いじゃない。
そうしてきっとまたとってつけたような下手な言い訳をするの。
その上言い訳した自分に腹を立てて勝手に不機嫌になるのよ。



なんて自分勝手!







…音楽とチョコレートが大好きで、いつでもカバンの中はMDとチョコバーでいっぱい。
ベレー帽を深めに被って、ちょっと斜に構えて世の中を見てる。


”…チョコレートを食べると、頭が冴えるのさ。
良い曲を作るのにポリフェノールは欠かせないってこと。

もしも…この世からチョコレートが無くなってしまったら?

きっと世界中のアーティストが音楽を作ることをやめてしまうだろうね。
だって脳に栄養が行かないんだもの。音楽どころじゃないよ。
世界中から創作活動が消えてしまう。
それは由々しき問題だよね。”




ひどく真面目な顔でそんなことを言う。




つり気味の目を輝かせて、口元に手をやって、ふと気がつけば一人思案に入り込む。
そんなときの耳の奥ではきっと音の洪水が渦巻いているんだ。



ひとりごとみたいに彼の口を突いて出るたくさんの専門用語、
もちろんわたしはその意味するところをやっとの思いで追いかけるので精一杯。
でも、実はそんな彼を見ていること自体が楽しい。




”…綺麗な音も、そうでない音も、楽しい音も、悲しい音も、

優しい音も、強気な音も、強く輝く音も深い闇の音も、”


”それは全部僕らの思惑と皆の感情がぶつかって出来る科学反応でしかないんだ。

実体なんてほんとはありはしない。

僕らの作る音楽って結局そんなものだと思ってるよ。”


そう言うときの彼の表情は、とても澄んでいて、


”でもさあ…

どうせやるんだから、硬いだけのつまんないヤツよりは、どっか変で面白い方がいいじゃない?”


途端にイタズラ好きの少年の眼。









彼は友達。

わたしの大切な友達。

線の細い体で、いつでも冷めた眼をしてて、

真剣で、ふざけてて、天邪鬼だけど、とても頑固で。








なんて言うか…なんて言うか…








友達だけれど、

なぜだかその呼び方に違和感を感じた。

何かが変わろうとしている。

カフェインのせいかな。
気持ちがすこしだけ昂ぶっているみたい。












ふと、わたしの両肩に手が乗せられる。
頭の上から声が落ちた。

「…ごめん、遅れました。」

ハスキーがかった低い声。もう幾度となく聞いた声なのに、まだまだ聞き足りない。
もっとこの声を聞きたいと思って、すこし意地悪をする。

「この間、”次遅れたらその日の食事代は全部出す”って言ってたよね、確か。」

「……言ったっけ?

………言ったんだっけ。言ってたかなあ。言ってたんだろうなあ。そうか………。うん…。」


どんどんトーンが下がって悲しそうな色になる
彼の声に堪え切れず、わたしは笑顔で彼を見上げた。







綺麗な目。

ゆがんだ口元、困った顔がとてもチャーミング。

ベレーからはみ出した長めの前髪がふわりとそよぐ様がかわいらしい。




「冗談だよ。そんなこと言ってなかった。」


「…ええ?そうだっけ?
なんだ…。ちぇっ、ひどいなあ。」


「でも二度と遅刻しないって言ってたのは本当。」


「ハイ、次回こそは、次回こそは…。

ていうかさ、今日だってほんとうは9時には起きてたんだよ。
さあこれから出ようって時にスギから電話がかかってきてさ………」




さあ始まった。向こう20分たっぷりは彼の創作劇場が展開される。




そして、わたしはその話の矛盾点をひとつひとつ指摘して、
また困った彼の顔を見てはその都度感じるだろう。









ああ、なんて、なんて、














ああ、なんてかわいいひと!!












わたしたちは友達。


でも、何かが少しずつ変わろうとしていた。






こうしてそれを重ねていけば、きっと新しい何かに。










確信はあるもの。























カフェラウンジに響くのは


カップが擦れるときめきの音。


カフェインが漂わせる幸せのにおい。











さあ、今日はどこに行こうか?

ブランドの新作のチェック?

レアもののレコードの買い漁り?

それとも、ここで一日中お喋りしましょうか?






わたしは、どこにいたって楽しいよ。











あなたが隣にいるならね。















おしまい
 

Old 10-17-2006, 10:32 AM   #8
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それは私が北欧を旅していた時、ある男から聞いた物語である。

彼は、楽器などひとつも持っていなかったが、それでも自らを吟遊詩人だと言った。
しかしなるほど確かに、彼の声は、深く、しかし足元でうごめく重い冷たい北風のように
私の心を強くかき乱した。その声そのものが、
…いや、彼の存在そのものが、ひとつの楽器であった。


薄暗いパブの片隅で、私はすっかり男の話に引き込まれ、
男の話が半ばを廻る前に、私の酔いはすっかり醒めていた。


男は、私に「どうして泣くのだ」と聞いた。
不思議な質問だった。
あの物語を、彼の口から聞いて、深く感じるものが無いはずがあるだろうか。
私は話の途中で度々嗚咽をあげるほどに涙を流し、
その都度彼は静かに私を見つめていた。





-彼は、私がこの物語を、他人に伝えることを容易く許可した。

「…唄は口伝にて継がれるものと聞いた。ならば、そうなるがいい。」

人事のように彼はそう言った。それとも、吟遊詩人というものはそのように
ものに執着をしないものであろうか。あの物語も、かつて誰かが彼に伝えたものなのだろうか。

しかし私は想う。

あれは、あれは

紛れも無く彼の内から出ずる物語なのに違いなかった。
そうでなければ…そうでなければ、私は、もう己が作家である理由を失ってしまう。

それほどの力が、その物語にはあったのだ。

今、それをここに記し、私の感じたものが、万分の一でも、読者に伝わればと、そう思う。


この物語を、





「果て無き喪失の物語」



そう、呼ぶことにしよう。

























-第四章十三節-

















白埃の森を潜り抜けても、日は差さなかった。

東はかつて懺悔の神が石を積み上げて創ったのだというロースの山。
南は更に高台から降りるギュロゴの崖。
西はエオウィ火山の吹く煙に阻まれ、
太陽は姿を見せず、ただ北へ続く道だけが荒涼と何もなく
無慈悲に彼らの行く先を示している。



「いったい、いつになったら僕らは太陽を拝むことが出来るんだろうね」

「知らないわ」



ロビンは多少クックを気遣った。
白埃の森ですっかりかびた妖精クックの羽は、今は北からの風で乾ききっている。
妖精の羽はもげても元に戻るが、容易くはない。

綺麗な水と、やらかい陽の光が必要だった。

飛ぶことに疲れたクックは、ここ数日はロビンの懐に入りっぱなしで
自ら口を開くこともない。皮袋から覗く小さな小さな背中がかびついたパンの中でうずくまってい た。
時折のロビンの問いかけに、いつものように無愛想に「知らない」と返すのみである。




ロビンの歩みは森歩きの慎重さを引きずって、まだ重い。
次第に水気を失う大地。乗り越えるべき砂漠は遠くない。
獣の声は途絶え、静寂が金切り声を上げる。
無造作に打ち捨てられたシバイナの死骸は渇ききってたかる虫もない。


忘れていたはずの不安が胸の内をえぐるように湧き上がる。


「………ロビン」

しばし無音の魔に魅入られていたので、一瞬幻聴かと思った。


「ロビン、水があるわ。右手の窪地から匂いがする。」

「飲めそうかい?」

「飲めなかったら呼び止めないわ。」








成程、坂を下ると、背の丈ほどのパンヤの草に囲まれた、そこそこ大きな泉があった。

砂粒にまみれた手のひらを泉にゆらす。
爪の先から伝わるふわりとした水の感触が全身を安堵で覆った。
水面にまあるい波が浮かび、端まで届く様を何度も何度も見届けた。

「…ここで少し休もう。」

いつもは思うペースで進まないロビンに業を煮やすクックだが、流石に今は己の疲労が辛い。
そこが寝床であるかのように水面に体をひたりと預け、死んだように動かない。
それを賛同の態度と受け取ってて、ロビンはヤツリハの枝を擦って火を起こした。




日が沈む。
頭上に月が輝く。
星はない。

昼に見たシバイナの死骸は死体の綺麗さからして、病気かおそらく老衰であろう。
危険な魔物たちは白埃の森に集い今も意味の無い争いを続けている。
…昨日までの、睡眠をまともに取ることも叶わなかった森の様子を想い、今更身震いした。


「………ここは…安全だ………」


「そうとも限らないわ。シバイナだって余程食べるものがなければ人を襲うことだってあるもの。 」

泉を挟んで向こう岸にシバイナの親子が見えた。
角の形が揃っていないところを見ると、もしかしたらつがいなのかもしれなかった。

「…とりあえず、ここのシバイナについてはその心配は無さそうだよ。」




ロビンは静かにハープの手入れを始めた。
乾いている方の布で、丁寧に細工につまった汚れを擦る。

「…そんな無駄な荷物、さっさと捨てちゃいなさいって言ってるのに」

「無駄じゃないよ。きっと意味のあるものなんだ」

「何にも覚えてないくせに」

「…覚えてないから、大事なんだ」

何も覚えていなかったロビンが唯一持っていた、シロセミクジラの髭で作られたハープ。
まるで雛が親を刷り込みで覚えるように、ロビンはこのハープに執着する。

「クック、君は喋るけれど、このハープは喋らない。」

「なにそれ」

「大切にしたいんだ」

「あなたって本当に馬鹿ね」





静かに、ゆっくりと、呼吸の速さで、ハープを奏でる。

ポロン

弦を弾く指の羽毛が何本か抜け落ちた。
旅を続けるごとに人ではない何かへと変貌してゆく己の姿。
もう、逆らう気力さえ起きなかった。
この目的すら見出せない旅に、ロビンの姿が、
人であろうが化け物であろうが、実際どうでもいいことですらあった。

ポロロン

「…一体、この旅はいつ終わるんだろう…」

「知らないわ」

…ただひたすら北へ進み続け、半年。
これが経過であるのかどうかすら、ロビンには分からない。


ポロ、ポロ、ポロン…

「僕の体は、このまま鳥の姿に変わってしまうのかな」

「知らないわ」


ポロン、ポロン、


「それとも、君のように、妖精になってしまうんだろうか」

「知らないわ」


ポロロン、


「僕は、記憶を失う前の僕は、一体どこに住んでいたんだろう」

「知らないわ」


ポロン…ポロン…


「きっと、今よりは豊かで、気楽な暮らしをしていたに違いないね」

「知らないわ」


ポロ…ロン、ポロン、


「クック、君もきっとそうさ。妖精の仲間と面白おかしく暮らしていたんだよ。きっとそうさ」

「知らないわ」






厚い雲が月を隠す。

真の闇。






「…一体、僕らは何のために旅をしているんだろう」

「宿命」




クックははっきりと答える。


「宿命は宿命。理由などないわ。」











ポロン…ポロン…ポロロン……



”…嵐は、前触れ無く訪れ

幸福の日々と、全ての思い出を奪い

彼は旅人となった…”



ロビンのハープに、クックが声を合わせた。
妖精の言葉で歌われたその詩の意味を、ロビンは知らない。



”旅人は己の名前の他は全て失った

ただ、何にも頼れない、
愛する力もなく、愛された記憶もなく、

肩を狭めて、時折訪れる嵐に震える”


自分が奏でている音が、かつて彼の故郷の祭の音楽であることを、ロビンは知らない。


”山も谷も川もが旅人の足を削り

とうとう大地を見捨てた旅人は鳥のように羽ばたくだろう”


ロビンが幼子の目で見ていた、あの祭の囃子、
子供や、少女や、大人たちが、その調子に乗せて楽しげに踊る、
その姿をロビンは知らない。


”そして、鳥のように羽ばたいた旅人は

鳥のように風に煽られ、雨に打たれ

より大きな鳥についばまれる”






うわごとのように、つぶやいた。



「僕は…誰…?

一体ここは、どこなんだ…?」



ロビンは、何もかもを、知らない。






静かに、妖精は音の流れに身を乗せ、
歌いながら、宙を舞い踊った。






”獣たちの餓え、魔物たちの悪意、

目に映るものの全てが旅人の敵”


水を湛え、
ささやかに、しかし鮮やかに闇の中で輝く羽が踊る。
人が地に足をつけ、大地を踏みしめ、その喜びを確かめる、
…その同じ囃子で、クックは宙をただ舞った。


”旅人が望まないのに拘らず、

苦難辛苦は彼の傍らに寄り添う”


奏でる音はそのままで、

ロビンは芯から胸を震わせた。

涙は頬を伝う間もなく滝のように溢れていた。

クックの羽明かりだけが、それを照らしていた。


”旅人はこの辛苦の意味を知ることはない”


”…旅の終わりを知る妖精は”


”彼に同情するだろう”



(わたしもまた、全てを失ったのだと)



”旅人の頭(こうべ)を、その腕(かいな)に抱いた”


”せめてわたしの胸では全てを忘れて眠りなさい”


”まだ愛を知らぬ子供のように”


”空っぽの水瓶のように空虚な心に、わたしが愛を注ごう…”







ぷつりと、弦が切れたかと思うほどに、唐突に音は止まった。

俯いたままのロビンの頭上には、再び空から顔を覗かせた月。

そして、目の前には、

月の光を浴びて、ロビンとほぼ変わらぬ大きさとなったクックが
全身に光をたゆたえ、そこに居た。








「うっ」








「うっ、うっく、うっ、うっ、うっ、ううっ

うっ…うっ……うっ…ううっ…ううう…」








何の言葉をかけるでもなく、
優しく背中をさするでもなく、

クックは、ただロビンの頭を抱いた。

ロビンの涙がクックの光に触れ、溶け合って、輝く球体となって宙に浮き、すぐ、消えた。


一体、この旅の間、幾度繰り返されてきた光景だろう。


ロビンの、不安も、恐怖も、疲労も、何も癒されはしない。


全てを引きずったまま、朝が来たら、また歩かなくてはいけないのだ。
ただひたすらに北を目指して。


シバイナの遠吠えが聞こえた。
ロビンの嗚咽に呼応したのかもしれない。


クックは知っていた。
それでも、
まだ、まだこの旅は始まったばかりなのだと。




この先も「試練」という言葉を借りた理不尽な災厄がロビンとクックを襲うだろう。
それが一体どんなものなのか。もはやクックにも想像することは適わない。




泣きすがるロビンの体温を、クックは感じることが出来ない。




ロビンが故郷を知らないように




クックもまた、涙を流す術を、知らなかった。












星が輝き始めた。

明日の朝は、おそらく久しぶりに太陽を見ることが出来るだろう。
露に濡れた草木越しに見る、明け方の靄とそれに優しく染みる光。

その光景は、きっと、想像を絶するほどに、美しく、

美しいからこそ、そんなもの見たくないと、クックは思う。








わたしたちの苦しみがこんなにも何の意味をも持たないのに、







世界のあり方は、それでも、希望に満ちている。







希望とはどうしてこんなにも、残酷なものなのだろう。








…クックは、己に理を課した神を、憎み始めている。




















嵐は、前触れ無く訪れ

幸福の日々と、全ての思い出を奪い

彼は旅人となった



旅人は己の名前の他は全て失った

ただ、何にも頼れない、

愛する力もなく、愛された記憶もなく、

肩を狭めて、時折訪れる嵐に震える

山も谷も川もが旅人の足を削り

とうとう大地を見捨てた旅人は鳥のように羽ばたくだろう



そして、鳥のように羽ばたいた旅人は

鳥のように風に煽られ、雨に打たれ

より大きな鳥についばまれる



獣たちの餓え、魔物たちの悪意、

目に映るものの全てが旅人の敵

旅人が望まないのに拘らず、

苦難辛苦は彼の傍らに寄り添う



旅人はこの辛苦の意味を知ることはない



…旅の終わりを知る妖精は

彼に同情するだろう



旅人の頭を、その腕に抱いた

せめてわたしの胸では全てを忘れて眠りなさい

まだ愛を知らぬ子供のように



空っぽの水瓶のように空虚な心に、わたしが愛を注ごう…
 

Old 10-25-2006, 03:50 AM   #9
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「カモミール・バスルーム」



送信者: risette
日時: 2001/7/2 23:39
宛先: kate
件名: Moi!
--------------------------------------------------------------------------

こんにちは、ケイト!

そう…ケイトは今はお仕事からすこし離れている…ってことなのね?
さすがにわたしはそういう仕事なんかしたことないからわからないけれど、
きっとそういう時期もあったりするんだと思います。
でも、ケイトは芯の強い人だし、考えがあってそうしてるなら
きっとみんな応援してくれると思う!
もちろん私だってそうよ!スウェーデンではきっと一番のケイトのファンなんだから!


こっちは今夏休みに入って課題にちまちま手をかけているところ。
スウェーデンの夏は短いから、みんなこの休みを自分なりに有意義に過そうとするの。
ヨハンナは家族でイギリスへ旅行に行くんですって。
マリアはなんと!日本へホームステイするんだそうよ!
ああ、もしもわたしがもうちょっと語学の成績がよければ、わたしが替わりに
日本へ行ってケイトに会うことも出来たのに!!


今、日本の気候はどんなですか?
日本は四季がそれぞれ同じくらいの長さなんですってね!
わたし、それをこの間本で読んでびっくりしたわ。
だって、四季っていうのは「冬とそれ以外」って感じだったんだもの(わたしのなかではね)。
春や夏や秋がもっともっと長くなれば、わたしの寝坊ぐせもちょっとは良くなるかしら?
冬の寒い日に朝早く起きることほど苦手なものってないんだもの!


ああ、でも、
最近は早起きしてお弁当を作っているのよ。
不思議。自分が食べるだけなら、付け合せ無しの簡単なサンドウィッチで
すませちゃうけれど、誰かに食べてもらうつもりで作ると
どんなに手の込んだお弁当を作るのも全然辛面倒じゃない、
って言うより、楽しくてしょうがないみたい。

あのね、


………とっても素敵な男の子がいるの!!




あの、顔はずっと知ってたのね。隣町に住んでいて、
友達の友達の友達ってくらいの人だったから、
前からちょっとかっこいい人だなって思ってたの。
ああ、もちろんそれは、わたしから見たらということで、
他の人が見てどう思うのかはわからないけれど…


ええと、でも、とにかく、
この前のメールで夏至祭のことを書いたけど、
実は、そのとき初めて彼と話したの。
クラスメートはほとんど誰かしらの家に集まってパーティをしていたから
わたしたち、誰にも邪魔されずに仲良くなれたのね。
あっちこっちのパーティに誘われたから、別のパーティに誘われたフリをして、
三日間ほとんど彼とお話してたのよ。

今までなんとなく敬遠していたのが嘘みたいに気が合って、何でも話せたわ。
わたしもともとおしゃべりなほうだけど、自分のこととなると、ちょっと、照れくさくなるじゃな い。
でも、彼には、なんとなく、なんとなくだけど、何でも自然に話すことが出来たの。
…家のこととか、友達のこととか、学校を卒業したらどうしたいとか…
お互いのことをすっかり話しあって、お祭りが終わる頃にはすっかり私たち仲良くなっていたわ。


彼はストックホルムに入学して生物学を学びたいんだって…
ずっと夏休みの間受験のために勉強づくしだったんだけど、毎週二度図書館で
彼の勉強の合間にわたしの宿題も見てもらえることになったの!
その時に持っていってあげるお弁当を作っているって話。

ええと、決してケイトに内緒にしたかったわけじゃないのよ?
ただ、私も、こんな…
男の人に、こういう気持ちを抱くのって、始めてだったから、
どう説明したらいいのかわからなかったのね。気を悪くしないで?


…わたし、きっと、彼のことが好き、なのかも。


これを書いている今、わたし顔が夏至の太陽に負けないくらい火照っていると思うわ。
このことはケイトに打ち明けるのが初めてなのよ?
だって、…恥かしいじゃない!!からかわれるのも嫌だけど、
何よりも、もうすこし、みんなには秘密にしておきたいの。
あまり大騒ぎしないで、そっと静かに育てたい、そんな気持ちって、きっとあるじゃない?
…あると、思うの。うん。

家族にはもうなんとなーくバレてるのかもしれないけど。
お弁当二人分だしね!いくらわたしでもそんなには食べられないわよ!

……もしかしたら、食べてると思われてるのかしら?


ああ、なんだかわたし今日はとても恥かしいことを書いてしまったような気が。
そろそろベッドに入らないと、明日はまた早いから…。

ではまた、お返事お待ちしています。

--------------------------------------------------------------------------
リゼット




続く
 

Old 10-25-2006, 03:50 AM   #10
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日時: 2001/7/23 19:13
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ハーブティーのセットどうもありがとう!
さっそくひとつ飲んでみたわ!

…まずはお茶の正しい煎れ方から勉強するべきよね。
ひとつ袋を直に沸騰させて無駄にしちゃった。ごめんなさい。
でも、ハーブって不思議よね。ひとつひとつに
こころを落ち着かせたり、血行を良くしたりって、
それぞれ効能があるんだもの。せっかく図書館通いしてるんだし、
ちょっとハーブについて勉強してみようかな…。

夏休みなんてあっという間!

あと一週間もすれば、学校が始まって、またいつもの日常です。
そのことを考えると、ちょっとだけ憂鬱になるけれど、でも、またクラスの友達とも合えるし、
なんと言っても、
ここ数週間、幸せな毎日を過しているわたしです。


もちろん彼と合えるのは毎日というわけではないけれど、
合えないときも、それはそれでずっと彼のことを考えているし…。


彼はね、身の回りの、なんでもない、すごくちいさなことに良く気が付くって言うか…
わたし、それまで、オークの木の葉の様子が日毎変わっていくだなんて考えたこともなかったわ。
彼は化学専攻だけど、そういう実験とか法則とか、
学術書に書いてあることにも当然詳しいけど、それ以上に
自分の親戚の子が最近ようやく立ったとか、
近所にあったとても古いオークの木が切られてしまって悲しいとか、
そういうことを大事に大事に話してくれる人なの。

なんでもない話なのに、

すごく、こんなにもドキドキしてしまうのは何でなんだろう?

図書館からの帰り道を、自転車で走っていたら、
雲間から太陽の光がふわあって空一面に広がってて、
いつもの通り道のはずなのに、なんだかすごく感動しちゃって…。

そのとき、なんとなく彼の笑った顔を思い出して、
自転車に乗ったまま、わたしなんだか涙が止まらなかった。
世界があんまり綺麗だったから。
そういう世界の中に彼がいたから。

わたしきっと彼を通してこの世界を見直しているんだと思う。
目に映る色は単に光が反射しているにすぎないってことも、
それを意識するからこそ大事なものがいとおしく見えるんだってことも、

どっちも彼から教えてもらった大切なこと。




ああ、わたし、




彼がとても好きだわ。




好きすぎてどうしようってくらいに好きなのかもしれない。





だって、この想いをどうすればいいのか、全然見当がつかないんだもの。
それに、わたしと彼、けっして恋人ってわけじゃない。

もしも彼がわたしをわたしが彼を好きなように想っていてくれたら、それはとてもとても嬉しいこ とだけど、

そうじゃなかったら…



そんなこと、とてもじゃないけど…いえ、とても、聞けないわ。



なんだか、わたし、どうしたらいいんだろう。

最初は「幸せ」って書いたけど、もちろんそれは嘘じゃないけど、でも今、ちょっとだけ不安です 。
壊れてしまうぐらいなら、このまま、私が彼を好きで、それだけのまま、夏休みが終わらなければ …


なんてことを考えてもしょうがないのだけれど。


ううん、ただでさえ最近考えることが熱っぽいのに、またわたし自分のことばかり書いちゃった。
ケイトは、前に、あこがれの人がいるんだって、そう言っていたけど、その人はもしかして男性だ ったりした?
もしそうだったら、ケイトも、こんな気持ちになったことがあるのかしら…。

こんな気持ちのとき、どうしたらいいのか、もしいいアドバイスがあったら、聞いてみたい今のわ たしです。
そちらはこれから夏休み?日本の学校は休み中も講習とか大変みたいだよね。わたしも頑張らなく ちゃ。

ではまた。

------------------------------------------------------------------------------
リゼット




続く
 

Old 10-25-2006, 03:51 AM   #11
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日時: 2001/9/11 01:55
-------------------------------------------------

お返事が遅れてしまっています。

ごめんなさいでも、ちょっと今、うまく自分のことを説明する自信がありません。

ごめんなさい。気持ちの整理がついたら必ずまたメールを出すので、


もうすこし待っていて。



-------------------------------------------------
リゼット




続く
 

Old 10-25-2006, 03:51 AM   #12
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日時: 2001/9/30 03:05
----------------------------------------------------

まずは、返事が長くあいてしまったこと、ごめんなさい。
心配させるようなメールに、なっちゃったね。
最近は夜もあまり寝れないのでこんな時間です。
たぶん大体はケイトが想像してる通りだと思うんだけど…








今はもう、彼とは会っていないです。



結局ね、




あの人はわたしのことを嫌いではなかったけれど、



わたしがあの人を好きなようにはわたしのことを好きでもなかった、ということでした。



 








 

 


贅沢なことなんだけれど、
それはそれで、決して嫌われているわけじゃないんだから。でもね、


 

 





 


わたしは、きっと、それで我慢するには、あの人を好きになり過ぎていたんだと思う。


 

 





 

 


わたし今すごくネガティブなことを書いてる、分かっていますごめんなさいでも、
でも、なんだか、だって誰かにこれを吐き出さないとどうしてもどうにもならなくて。




ああ、




だって、わたし、ずいぶんひどい言葉を彼に何度も投げつけたわ。








わたし自分が彼を好きだったからって
自分のしたことが正当化されるだなんてどうしても思えない。



死にたいほど自分が嫌です。




いっそ消え入ってしまいたい。



こんなに汚くて重いものばかりが残ってしまって、



その始まりが一体何だったのかもう全然思い出せない。





本当にひどいことばかりしたのよ。


 

 





 

 

 



ケイト


 

 


逢いたいです


 

 




----------------------------------------------------
リゼット



 


続く
 

Old 10-25-2006, 03:52 AM   #13
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日時: 2001/12/10 15:35
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ええ!ルチア祭も終わり。退屈って言えば退屈な行事だけど、
私あのおごそかで神聖な雰囲気はけっこう好き。
今年の聖ルチアは私の学校の娘なのよ。
もともとかわいい娘だけれど、なんていうかもう、
ああいう雰囲気の中で、白いケープをまとってるとまるで
本物の聖ルチアみたいなのよ!ケイトにも見せたかったなあ…。
私が選ばれたって言えないのが残念だけどね!

そうそう、



先週ひさしぶりに彼と話をしました。
勉強は順調だそうです。
そんな程度の話しかしなかったけど。



内容よりも、私がちゃんと笑顔で話が出来たことが
すこしだけさみしくて、そして嬉しかった。
もう二度とは彼と顔を合わせられない、と思った頃もあったんだもの。



人生って、
戻ることは出来ないし、やり直しもさせて貰えない。
思いもしない出来事が降ってわくこともあるのに、
どうにかしたいと思う時ほど上手くはいかないみたい。

それはなんでかって言うと、
わたしがわたし自身でいたいと思うからだと思う。
わたしが他の誰の替わりにもなれないから、
だから、上手くいかないことを辛いって感じるんだと思うし、



そして、それだけでは終わらない、
わたしなりに乗り越えようとするんだと思うのね。

落ち込んでたとき、友達にも話せなくて、
わたし、落ち着こうとして、どうしたと思う?

カモミールのハーブづくしだったのよ。
ティーにキャンドルに、そして毎晩のようにカモミールバス!
ふふふ。




なんだか最近は以前に比べて色んなことを考えるようになった気がします。

それでも一番思うのは、

つらいこともいいことも全部ひっくるめて、
出来るだけ色んなことを知りたいと、そう思ってます。
手の届く範囲で、だけど。



今は随分視界がクリア。



上手く説明出来ないけれど、

何かを知ったり、気づいたり、そういうのって、幸せなことだと思うの。



考えることは歓び---これって誰が言ったんだっけ。忘れちゃったけど。






そうそうそれよりも、ビッグニュース!

お父さんの会社が今度日本の企業と技術提携することになるかもしれなくて、
お父さんは技術主任だから、来年からちょくちょく
日本に行くことになるかもしれないんだけど…

そう!!

早ければクリスマスあたりに、観光を兼ねてお父さんについて行けるかもしれないの!
そしたらきっとケイトにも会えるのよ!!

直接会って話したいことも山ほどあります。
ケイトの話もたくさん聞きたい。
日本のクリスマスも見てみたいわ。
都会のビルディングのイルミネーション!少しなら知ってるの。
オダイバとか?日本の雑誌で見たの。ああ楽しみすぎて胸がはちきれそう!!

ずっと会いたかったけど、今ならなんだか一番いいタイミングのような気がするわ。
具体的なことが決まったらまたお知らせします。





なんだか最近嬉しい感じが続くなあ。









わたし今嬉しいよ。生きてることが。







それもケイトのメールが支えになってくれたお陰だと思う。

ほんとうにありがとう。

感謝しても仕切れないね。

いつか、私もケイトの助けになりたいです。

 

 

えーと、


ではでは。


運が良ければ近いうちにね!!












---------------------------------------------
あなたの親愛なるリゼット








おしまい
 
 



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